nounours booksが会いたい人を訪ねるページです。
家のこと。部屋のこと。
ともに暮らす家族、日々のあれこれや布使い、などなど。
「room story」side A、side Bとしてお届けします。
13-side A
「狭い」けれども、「広い」家
今回のタイトルを読み、「?」が頭に浮かんだ方は多いことでしょう。
その答え合わせは「順を追ってのお楽しみ」として、まずは住まう人のご紹介から。
家主の方は、西宮市・苦楽園にて、お菓子のアトリエ「Le petit bleu」を主宰している森川みきこさん。現在は芦屋にあるマンションで、夫の秀樹さん、愛犬マルくんと、二人&1匹暮らし。
nounours booksの連載コンテンツ『Le petit bleu のテーブル』でも、「みきこ先生」の愛称でおなじみです。
3年ほど前から、結婚後25年暮らしたという京都で、引越し先を探し始めていたというみきこ先生。
「以前の家は、2階建ての1戸建てでした。いまの家より部屋数も多く、広かったのですが…。掃除が行き届かない…とか、使っていない部屋に、たくさんモノがある…とか、自分の家事の力量では、もう手に負えない!という感じがつねにあって、じつはプレッシャーになっていたんです」
新しい家も、出来れば、慣れ親しんだ京都が第一希望。でも、もしそれが難しければ、当時、仕事場のアトリエを構えていた大阪もアリ。
ところが、「玄関を入った瞬間にピンと来たのは、全くの想定外だった芦屋の、いまのこの物件だったんです。じつはlabmiさん(CHECK&STRIPE代表)から、“芦屋にもいい物件がありますよ~”と紹介していただいたのが、出会いのきっかけになりました」と、みきこ先生。
「わたしが大好きな方々に、CHECK&STRIPEの近くに住んでいただきたくて…。ひそかに芦屋を推していました(笑)」とは、縁結びの立役者・labmiさん。
早速おじゃましてみると、玄関のすぐ隣には、キッチンスペース(写真の左側の壁向こう)があることを発見。なぜか、箱のような形で区切られていることが、まず気になりました。
みきこ先生の愛犬マルくん(9歳)の大歓迎を受けて、リビング横の通路を進むと…。
奥には、またも、箱の形に仕切られている寝室のスペースが。
さらに通されたのは、家のいちばん奥にある、寝室と隣り合ったダイニングスペース(写真)でした。
「狭くてびっくりしたでしょう?」と、みきこ先生。けれどわたしたち編集部の印象は正反対で、「なんだかからだが緩んで、深呼吸できる感じ~」と、広々とした気分に。ダイニングに腰を下ろしたとたん、たちまちリラックス状態になりました。
この落ち着く感じはなぜだろう? モノがなく、すっきりとした空間のせい? はたまた、天井が高く抜け感があるせい? いろいろ、素朴な「?」が湧き上がってきました。
ダイニングに面したキッチンでは、わたしたち編集部のために、ランチの準備、真っ最中のみきこ先生の姿。
(おいしそうな匂いに包まれて、さらにからだが緩んでしまう編集部一同でした)
しあわせなランチをいただきながら、みきこ先生のお話は続きます。
「もともとここは、和室もある2DKのマンションでした。その和室というのが、まさにこのダイニングスペースだったんです」(みきこ先生)
しかもこの家の中ではもっとも陽が入らず、じゅうたんが敷かれてあり、「ちょっぴり居心地が悪そうな部屋」だったと聞いて、さらにびっくり。
思わず、「それが、こんなに居心地のいいスペースに生まれ変わった秘密は何ですか?」と訊くと、リフォームを手掛けた建築家・中村好文さんによる魔法の設計であることが明らかに。
「好文先生に出会えるまで、ほかの設計業者さんはみんな、“なぜ、こんな狭い物件を買ったのですか?”とか、“二人暮らしには狭すぎますよ”など、否定的な言葉が多くて。それで、すっかり悲しくなっていたのですが、好文先生だけが、“とってもいい物件を見つけましたね!”と、この狭さをあえて面白がって下さったんです」
そして、「手掛けていただけるとは思ってもいなかったうえに、そのひと言が本当にうれしくて…! お忙しい方ですが、“好文先生にやっていただけるまで、(引っ越しは)いつまででも待とう!”と、夫婦で決めました」とも。
リフォーム完成後、「こんなに理想的なキッチンってあるの?」と、みきこ先生も大感激したというくらい、収納がよく考えられたキッチン。
「好文先生から、2~3人くらいの、小さな料理教室もできるくらいのキッチンにしてあげたかった、とおっしゃっていただきました。すべて手が届きやすい導線になっていて、本当に使いやすいキッチンなんです」
「この引っ越しを機に、食器や調理道具を減らして、一生使えるものだけに、思い切って買い替えました」(みきこ先生)
リフォームが始まる前に。そして大きな家から小さな家に移るために。毎日、「断捨離”を超える“断捨離」に明け暮れたというご夫妻。
ひと部屋ずつ空にしていくという、「モノを手放す大作業」を経てしみじみと実感したのは、「広さが仇になっていたんだな…」ということ。
「部屋がいくつもあっても、わたしたちが過ごしているのは、結局キッチン・リビング・寝室だけでした。それに使わない部屋があると、自分で扱える量を超えて、モノをどんどん家の中に入れてしまうんですよね。自分で買ったのか、いただいたのか…。もはやわからない、不要なモノにばかりスペースを使ってしまって、おうちに対して、ほんとうに申し訳ない気持ちになりました」(みきこ先生)
リビングとダイニングを除く、寝室とキッチンを箱状の壁に、それを並行ではなく、斜めに仕切った設計は中村好文さんの考え抜かれた設計デザイン。
「仕切りがあえて斜めになっていること、そして天井との間に、少し空間を持たせていることで、“いまいる向こう側にも、見えない世界が広がる”という感じがします。それが、“狭い”けれども、“広い”と感じられる理由かもしれませんね。夫婦それぞれの個室はなくても、この仕切りがあるおかげで、ひとりの心地いい空間も守られています」(みきこ先生)
なるほど…と、編集部一同も深く納得。
キッチンの壁にある、小さな「覗き窓」という仕掛けにもまた、楽しく可愛らしい遊び心が感じられました(写真下)。
大きなベッドと、最低限必要なモノだけに削ぎ落とした寝室。
「ここでiPadを見る時間が多い夫のために、ハンズフリーのクリップと、間接照明をつけました。
狭い部屋は、不要なモノがないとどこか守られているような安心感があって、とても心地よく眠れます」(みきこ先生)
以前飼っていた愛犬トワくんの写真や、以前の職場の後輩からプレゼントされたという、フランスのブランド・tsé&tsé(ツェツェ)の「四月の花器」(試験管をつないだデザインの花器)など、作り付けの棚も、飾られているのは厳選された大切な宝物だけ。
「わたしに合ったサイズ」をどう感じるか。それは、人それぞれに違うのでしょう。
物件さがしの中、この家で「はじめてときめいた」というみきこ先生だけのアンテナは、「ここがいちばん、心地良いサイズだよ」というサインだったのかもしれません。
みきこ先生いわく、「ここは、過ごせば過ごすほど広く感じる、ほんとうに不思議な家」。
「引っ越したおかげで、“広く大きい”=“豊かさ”という思い込みを持っていたことにも気づかされました。必要なモノは、ほんとうに少し、なんですよね。その大切なモノだけで暮らす生活は、本当に楽だし、いまのほうが心持ちが豊かな気がしています」
空間に余白が生まれると、「頭で考えること」よりも、「直感」が冴えてくるというのは、本当なのかも?と思えてきました。
なぜなら、この家に暮らし始めたことにより、みきこ先生はやがて、お菓子づくりのための「広いアトリエ」物件にも巡り合うことになるのですが、そのお話は次回後編side Bにてお届けします。続きをお楽しみに!
Column 暮らしの中の布使い
みきこ先生のお気に入りの生地は、「リバティプリント」。「生地が軽いのに丈夫なので、エプロンにしたくて、CHECKさんにパターンから仕立てていただきました(写真)」。先生のお菓子教室の生徒さんからも、「欲しい!」という声が多数で、後日CHECK&STRIPEにて、みきこ先生発案の特別な「エプロンお仕立て会」も実施されたほど。「いまも大活躍しているエプロンです」(みきこ先生)
訪ねた方
森川みきこさん
お菓子のアトリエ「Le petit bleu」主宰。
焼き菓子の受注販売、ノベルティの制作、イベントの出店など、お菓子にまつわる事を色々と活動中。
撮影/大段まちこ 文/井尾淳子