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わたしのパートナー

わたしのパートナー

my partner

家事をするとき、仕事にとりかかるとき。

これがなくては始まらない、というものがあります。

ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。

連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。

 

布作家

石川ゆみさんのパートナー・後編

「ミシン」

 

 

 

石川さんの毎日のスケジュールは?と聞くと、笑ってこんなふうに教えてくれた。

「かっちり決めるのが苦手なんですよね。でもふつうです。起きて、午前中は家事をバタバタやって。朝ごはんは軽くパンだったりを食べて」

そして、待ち遠しいのがお昼ごはん。

「お昼ごはんを食べると、よし、ってスイッチが入る。午前中に仕事を始めてみても、お昼を挟むと思うと気持ちが落ち着かない。だから、お昼を食べてから、ようやく集中してとりかかるんです」

食べるものは、そのときどきだけれど、大好きなのはごはんだ。ひとりごはんのときは、ごはんに塩辛、たらこ、あとは味噌汁や昨夜の残りでじゅうぶん。そして、お仕事スイッチがいったん入ったなら、午後から夜までずっと集中する。どちらかというと夜型で、展示会の締切が迫っているときは夜中の2時、3時までアトリエにこもることもしばしばなのだとか。

「いつものことなんですよ。でも、ほんとに追い詰められて、手を動かしているときがいちばんアイデアを思いつく。あ、こういうのいいな、とか新しいことを思いついたり。だから、展示会の前にあと1日あったらなあって思うことが多くて」

気分転換は好きな音楽を聞いたり、ドラマを見たり。

「あとはまーちゃんを膝にのせたりするだけで、じゅうぶん幸せ」

 

 

 

「スケジュールを決めたり、目標を立てたり、というのがとにかく苦手」と言う石川さん。展示会のテーマもあまりかっちり決めることはなく、メインのアイテムをバッグか洋服かお店の方と相談して決め、あとはひたすら手を動かしてものを作っていく。

「何ができるかわからないので、決められなくてすみません、というかんじで。作りながらかな、テーマがまとまったらそれでいいし。そうでなくてバラバラでもなにかしら一貫しているようにも思えるし。その時次第ですね」

 

 

 

数年前から手掛けるようになった洋服づくりも、はっきり意思をもって始めたわけではなかった。年を重ね、自分が着たいと思える服もだいたい定まってきたせいか、石川さんはワードローブを自分で作るようになっていた。

「自分で作ればちゃんと似合うものになりますし。いつもだいたい自分が作ったものを着ていたら、編集さんがおもしろがってくれて」

四角い布をくり抜いたり、直線だけで構成されていたり、思いがけない部分がつながっていたり。これまでの洋裁のセオリーとは発想の違う、石川さん曰く「バッグみたいな洋服づくり」は、雑誌で紹介され、やがて書籍にもなった(『四角い布からつくる服』扶桑社)。

 

 

 

 

「でも、ほんとに普通の、セオリー通りの服作りとは違って。たぶんみなさん、最初にデザイン画を描いてパターンを起こしてというふうに作っていくんだと思うんですけど、私は切るところから始めるから」

 

デザイン画も型紙もなしに、まず生地を前にして頭の中で「こんなかな」と思い描いた形を下書きなしに直裁ちしていく。それはバッグだけでなく洋服の場合も同様で、

「ざっくりしたイメージで、いきなり生地を切るところから。なので、自分のお洋服の本では、できあがったものを測って、形の説明をしていくかんじです」

そう聞くと、仮縫い用のシーチング生地で形を作っていくのかと思いきや、そうではないと石川さんは言う。つまり、できあがりの生地に直接はさみを入れてしまうのだ。

なんという度胸!

「思い切りがいいんです(笑)。まあ、なったらなったでどうにかなるというか。布合わせとかもそうだと思うんですけど、正式な洋裁の教育を受けていたらタブーかもしれない組み合わせも、私はかわいいなと思ったら気にしない。知識にしばられてないから自由に。それもまあ自分らしくていいかなと思います」

 

 

 

コロナの影響もあり、時間のできた一昨年の年末くらいに、石川さんは裂き織りを始めてみることにした。

「以前から織物には興味があったんです。やっぱり布が好きなので。ただ、緻密なものは難しいかなと。裂き織りだったら手元に生地もあるし、ざっくりしてるのでできるかもと思って」

織り機を手に入れ、わからないところはYouTubeの力も借りて少しずつ習得していった。経糸を張るのがなにしろたいへんで、そこさえ乗り切れば横糸を通すのは難しくはないという。

「最近、少しずつ自分の作品にも取り入れてバッグに仕立てたりしています。やっぱり布から作れるっていいですよね」

ひとつのバッグを作るのに途方も無い時間が費やされているだろうに、石川さんの表情は明るく、楽しげなのだった。

 

 

 

展示会の前には、よさそう、使えそうと思った生地を集めてじっと眺める。どうしようかな。あ、こういうのいいかも。生地を見てイメージをふくらませていく。石川さんのものづくりは生地から始まる。だから、裂き織りはとても楽しいし、時間がかかってもずっと続けていきたいと思っている。それは、完全にオリジナルなものづくり。そして、

「オリジナルの生地っていうのは夢のひとつ。醍醐味でしょうねえ。染めたり、織り方だったり、刺繍だったり」

 

 

 

リネンひとつとっても、ひと昔前は、風合いのいいもの、理想的なものを見つけるのはたいへんだった。

「日暮里まで行ってやっと見つけられるくらいで。それに、昔は洋服を手作りすること自体、おしゃれなイメージではなかったかもしれない。でも今はCHECK&STRIPEさんをはじめ、いろいろなものがあって、ものを作る上ではありがたいし、選ぶ楽しみがあります。かわいい生地が選べて、パターンもワークショップも開催されていたりして。ものづくりが好きな人にとっては、ほんとにありがたいことですよね」

とはいえ、自身がワークショップの先生を務めることについては、

「先生って呼ばれるのはほんとに苦手なんです。え、先生?先生じゃないよ、みたいな。私の場合はこんなふうにやっていますよ、とお伝えできるくらいだから」

洋服のパターンも、袖山はなめらかな曲線ではなく直線でいいし、型紙を写すのではなくて、長方形を削って形を作っていけばいい。洋服も自由に考えていいんじゃない? 聞いているだけで楽しそうな石川さんのワークショップ。

軽やかに、自分のやり方で自由にものづくりをしてきた石川さんのセンスこそ、いつか学びたいもののように思えた。

 

 

 

わたしのパートナーvol.10後編

布小物作家

石川ゆみさん

「ミシン」

石川ゆみ●いしかわ・ゆみ 友人と始めたお店「イコッカ」を経て、2008年に独立。独特なステッチや布の組み合わせ、キュートなディテールの布小物に多くの支持を集める。新刊『しましまとみずたまでつくる小物』(扶桑社)では、いろんな表情を見せるバッグ、ポーチ、キッチン小物などのレシピを紹介。

 

写真・大段まちこ 構成、文・太田祐子(タブレ)

 

 

 

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