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わたしのパートナー

わたしのパートナー

my partner

家事をするとき、仕事にとりかかるとき。

これがなくては始まらない、というものがあります。

ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。

連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。

 

saqui

岸山沙代子さんのパートナー・前編

「ノート」

 

 

 

「もう、かわいくないの。授業が始まるときに、あわててモノプリで買ったから」

saquiの岸山沙代子さんが取り出したのは、プラスティックの表紙がついた方眼用紙のノート。パリでパターンの勉強をしていたときに使っていたもので、いまも手放せない大切な存在だ(モノプリはパリで人気のスーパー)。

ノートを開くと、薄いシャープペンの小さな文字が整然と並び、いろんな形の洋服のパーツがていねいに描かれている。どのページをめくっても乱雑さはかけらもない。

「これはもう宝もの。ほんとに一生懸命勉強したんですよね。ノートも手垢がついちゃって」

 

 

 

 

 

岸山さんが生み出すsaquiの洋服は、一見とてもシンプルだ。

でも着てみると、袖のくり、着丈、襟の開き、タックの入り方、細部の細部まで気が配られているのがよくわかる。洋服が体に自然に沿うような。

着ていてラクというのもsaquiファンからよく聞く声で、一緒に岸山さんを訪ねたCHECK&STRIPE社長の在田佳代子さんによると、

「着やすいのもあるし、仕立ての良さ、生地の良さも。おしゃれだけじゃなくて、夢があってわくわくします。それに、こう見えたいっていう気持ちを形にしてくれているような気がするんです」。

 

 

 

 

saquiのスタートは2016年。

実はそのまえ、岸山さんはキャリアの多くを雑誌や書籍の編集者として過ごしてきた。在田さんやnounoubooks編集長&カメラマンの大段まちこさんはその編集者時代からの知り合いで、CHECK&STRIPE2冊めのソーイングブック『CHECK&STRIPE STANDARD』は岸山さんが編集担当として手掛けたものだ。

「そうそう、きっしーもまだ20代。あの頃はこんなすてきな服を作る人とは知らなくて。洋服作れますとは言ってたけど。でもおかげで、CHECK&STRIPEのその後の単行本のイメージが定まったように思います」と在田さん。

大学の家政学部で被服を学んだあと、岸山さんは服飾専門学校へ1年通ってから出版社に就職した。編集者として主に洋裁の本を作りながらも、土曜日は立体裁断の学校に通っていたという。その頃からデザイナーを目指していたかと問えば、

「まったく!」と笑って即答。

「今でも、saquiです、って自分がブランドを主宰してると言うことも恥ずかしいくらいで」

 

手芸でものを作ることは子どもの頃から好きだった。

ビーズやタペストリーなどの手芸本を見てそっくりそのまま作ることはかんたんで、いつしか洋服を作ることも大好きに。

「見て、作る。こんな洋服がほしいなと思って、それが自分で形にできるのはやっぱり楽しいことでした。だから編集者として働いていても、ずっと洋服作りは続けていて。田舎なんですけど子どもの頃、教員の母は、スーツを着たり、ワンピースを着たり、それなりにきれいな格好をしてました。母が洋服を選ぶのを見るのも好きだったし、百貨店で私たちに好きな洋服を選ばせてくれたりするのも嬉しくて。だから洋服が好きなことは好きだった」

 

 

では、パリに留学するときにデザイナーを志したのかと思えば、「いやいやいや」。

またも岸山さんは首を振る。

「パリへはずっと行きたかったんです。子供のころから憧れて。大学のときに1ヶ月くらい短期で行ってたこともあるんですが、編集者としてひたすら働いて満足のいく仕事ができたと思えた頃、34歳になる前かな? 貯金もすこし貯まったし、お父さん、お母さんも元気だし、行くなら今だ!よーし、行く行く!って。とりあえず3年はいるということだけ決めてでかけたんです」

まずは語学学校に1年。なにか勉強しなくてはと考えていた頃、友人の家にパターン(型紙)が下げられているのを見て、

「あ、これやらなくちゃ、忘れてた!って。その友人が通っていたのがAICPというパターンの学校でした」

そうと決めたらまっしぐら。すぐさま願書を出して、入学を決めた。

「うん。授業も楽しかったですよね。日本の専門学校では、どうせ大学出ただけでなにもできないんでしょみたいな雰囲気もありましたが、AICPはまったくそういうことがなかった。先生たちも課題がよくできてればすごくほめてくれるし、同級生にシャネルから出向してきてる人がいたり。その人が作るものはすごく芸術的で、もう作品のようなの。毎日、これこれ!って楽しくて仕方なかった」

 

 

 

そのAICPの授業の板書を写したノートが、冒頭の写真でも紹介した岸山さんのパートナー。

「板書を写して、あとでまたきれいに整理して書き直して。すべてが実践的な授業でしたから、未だに見直します。ここはどうだったかな? あ、そうそうそうだった、みたいなかんじで」

学校を首席で卒業しても、まだデザイナーになろうとは考えていなかったという。

 

「パターンの学校ですから、卒業してブランドのアトリエに入ってもモデリスト(パタンナー)になることになるし。それは違うんだよなあって。ただ、洋服を作ることだけはやろうと思って帰国しました」

日本に戻ってからはフリーでライターの仕事をしたり、友人のブランドのパターンを引いたり。生活をするための仕事に忙しかったけれど、妹のスーツを縫ったり、姪っ子のドレスを作ったり、洋服作りは手放さなかった。

そしてあるとき。

友人のために縫ったワンピースがきっかけですべてが動き出した。

「伊藤まさこさんやほかの友だちに見せたら、これいいじゃん、私もほしい。売ろうよ、これ、って盛り上がって。じゃあ、一度展示会をやってみようと始めたのが3年半前」

その展示会は意外なほど大盛況。

本人曰く「あれよあれよという間に」今に至る。

 

 

「なんかないですか? 見えないチカラに動かされるというか。わたしあんまり、絶対こうする、こうしてみせる!とかなかったんです。流れにのっかって、のっかって。いつのまにかsaquiがちゃんとしたブランドになって」

岸山さんは意図せずデザイナーになっていた。

 

後編へ続く

 

 

わたしのパートナーvol.5 前編

saqui

岸山沙代子さんのパートナー

「ノート」

 

岸山沙代子●きしやま・さよこ 1977年生まれ。大学卒業後、ブティック社、世界文化社を経て、集英社『LEE』の編集者に。伊藤まさこさんなどの担当として活躍後、パリに留学。2016年に自身のブランド『saqui』を立ち上げる。展示会、オンラインショップをメインに展開中。http://saqui.jp/

写真・大段まちこ 構成、文・太田祐子

 

 

 

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