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わたしのパートナー

わたしのパートナー

my partner

家事をするとき、仕事にとりかかるとき。

これがなくては始まらない、というものがあります。

ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。

連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。

 

 

料理家・渡辺康啓さんのパートナー・後編

「スプーン」

 

この日、渡辺さんは伺ったわたしたちに料理をふるまってくれた。

メニューはこんなふう。

・春キャベツのコリアンダー蒸し

・じゃがいもと卵のサラダ

・新玉葱とプチトマトのフォッカッチャ

・グリーンピースとブロッコリーのパスタスペッツアータ(レシピは前編に)

・苺と晩白柚のゼリーパフェ(レシピは文末に)

 

よく砥がれた包丁でざくざくとキャベツを刻む。静かに、そっとハンドブレンダーを上下させてマヨネーズを作る。「茹でるときの塩加減でおいしさは決まるんですよ」そう言いながら、じゃがいもを茹でるためのお湯の味見をする(もちろんカバのスプーンで!)。

料理にはいろんな手順があり、作業があるけれど、ふと気づけば渡辺さんは蚊帳地でできた真っ白なふきんを片手に持ち、せっせとあちこちを拭いている。キャベツを切ったときの水滴をキュ、炒めものをしたときの油はねをキュキュッ。料理の最中にも少し手があけば、すぐさま洗いものをして、大判のリネンクロスで吹き上げて棚にしまい、もちろん飛び跳ねた水滴はふきんで撲滅!

自然な動きで、ことさら「片付けてます」という雰囲気ではないのに、いつのまにかキッチンはピカピカになっている。

曰く、

「とにかく水滴があると悪いことしかない。水滴の上に物を置いたら、それを移動させるたびに、スタンプみたいに跡がついていく」

だから水滴が付いたら、すぐにキュキュッ。一瞬の対処がキッチンを美しく清潔に保つ秘訣なのだった。

 

 

使うのは、台拭きに白雪ふきん、グラスやお皿を拭くのは大判のリネン。

「自分が気持ちよくいられるのがいちばんですよね。でもそんなに手をかけてなくて、白雪ふきんもリネンもふつうに洗濯機で洗うだけです」

ただし、白雪ふきんは4枚をローテーションで使って、6月と1月にまとめて交換すると決めているのだそう。

「そうしないと、いつまでもまだ使えるってずるずるになってしまうから。思えば、けっこう小さなときからきれいな状態が好きでしたね。部屋の模様替えとかもしょっちゅうやってて、起きた時に『あ、景色が違う』って感覚、大好きでした」

 

 

料理家として独立して、13年。

今、渡辺さんが教室で教えるのは、旅のなかで出会い、その味にほれこんだイタリア料理が多いのだという。

「和食の繊細さ、美しさには今も惹かれるけど、10年前くらいから毎年のようにイタリアに行くようになって」

 最初の旅では『ロンリープラネット』を片手にいろんな地方の街を訪ね、郷土料理を食べ歩いた。せっかく行くなら長いほうがいいと、教室はお休みし、1ヶ月、泊まるところも決めずに、気に入ったらもう一泊くらいの気軽な旅。何度か旅を重ねるなかで現地に友人もできて、お母さんの料理を食べさせてもらったり、習ったり、泊めてもらったり。それでも言葉ができないもどかしさで、3年前、ローマの語学学校で集中的にイタリア語を学んだ。

「イタリアはとくにコミュニケーションが大切な国で、話せないと、いない人になってしまう。少し話せるようになるだけで、距離がぐんと近づける」

イタリアは地方によって料理が違う。車を駆って地方を旅する渡辺さんは、今ではあちこちの郷土料理に詳しくなり、イタリアの友人たちに料理をふるまうと驚かれるのだとか。

「もともとイタリア人は自分の故郷の味を大切にする人たち。日本人である自分が作るから受け入れてくれるのかもとは思いますが、人が喜んで食べてくれるのはやっぱりうれしいですね」

 

そして、イタリアの料理を日本で紹介するとき、渡辺さんが大事に思っていることがある。それは、現地で出会った感動の味をそのまま届けること。

「もちろん、日本に無い食材は工夫しますけど、なるべく自分は同じ味を味わって、同じ感動を感じてほしいって思う。だから、イタリアから材料を持って帰ってくることもけっこうあるんです」

月に6度ほど開催する料理教室では、そのイタリア直輸入の味を体験してもらう。

「味を覚えていただくことが大事だと思っています。そしたら、家でもその味を思い出して、近づけていくことができるんじゃないかなって」

 

 

「朝は、テテリアの茶葉でミルクティー。パンか果物を食べて、昼、夜は外で食べるか、うちで食べるときはごはんとお味噌汁」

ふだんの食生活を尋ねると、そんな答えが返ってきた。

「教室をやってるせいもあるんでしょうけど、家ではパスタとか作らなくて、ごはんはその都度お鍋で炊いて、あとはもう納豆があればいいや、みたいな。もちろんおかずを作る時もありますけど、至って地味なもの。昔はほんと、家でごはんとか炊かなかったけど、こんなにお米を食べるようになるとは自分でも驚きです」

 

そして、以前より食べることが生活に直結していると強く感じるようになってきたと言う。

「本を作るにしても、昔は美しい料理本を作りたいと思ってた。でも、いまはまったく逆で。だから、奇を衒ったような料理は全然作らなくなったし、ぜんぶふつう。ふつうだけど、なんかすごくおいしい、というほうがいいな、と思ってるんです」

渡辺さんと話していると、なぜだか「慈しみ」という言葉が頭に浮かぶ。

たとえば、調味料について話しているとき、プロが使うものを使えば同じような料理ができそうだと思ってしまうと伝えると、

「調味料は大切ですけど」といったん話を呑み込んだうえで、「でも、同じにならないからいいんですよ、料理は。人それぞれの味がいいんだから」と微笑んだ。

 

料理家は料理を通じ、なにを伝えているのだろう。

「人それぞれの、ふつう」。渡辺さんの場合は、その答えがここにあるのかもしれない。

とくべつではないけれど、そばにあってちょうどいい。忘れ去られてもおかしくないようなカバのスプーンが渡辺さんの傍にいつもある理由も、その存在感も腑に落ちて、ひときわ愛しく思えてくるのだった。

 

 

 


special recipe

苺と晩白柚のゼリーパフェ

 

 

材料

晩白柚(文旦やグレープフルーツでも)

レモンゼリー 

水 200cc、グラニュー糖 10g、レモンの皮 1/4個分、板ゼラチン 2枚

カモミールシロップ 

水 100cc、カモミール 2g、グラニュー糖 60g

 

作り方

1 レモンゼリーを作る。

板ゼラチンは冷水に5分浸して戻しておく。鍋に水、レモンの皮を入れて火にかける。沸いたら弱火にし、3分煮てレモンの皮を取り出す。グラニュー糖を加えて煮溶かし、板ゼラチンを水気を切って加える。よく混ぜてバットなどに流し、粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やし固める。

2 カモミールシロップを作る。

鍋に水を入れて火にかけ、沸騰したらカモミールを加える。火を止めて蓋をして1分蒸らし、茶漉しなどで濾す。グラニュー糖を加えて溶かし、粗熱が取れたら冷蔵庫に入れて冷やす。

3  苺のヘタを取り、4等分に切る。晩白柚は皮を剥いて、中の薄皮も剥き、食べやすく手でちぎっておく。

4  器の底に晩白柚を入れ、上にレモンゼリーをスプーンですくって載せる。さらに、ゼリーの上に苺を載せ、カモミールシロップをかける。

 

わたしのパートナーvol.2

渡辺康啓さんの[スプーン]

渡辺康啓●わたなべ・やすひろ 料理家。著書に『春夏秋冬 毎日のごちそう』『果物料理』など。「この時期、なにかできることをと考え、YouTubeでの配信を始めました」。リコッタチーズ、手打ちパスタ、ハムときゅうりのサンドイッチなど、人気レシピを紹介。だんだん配信に慣れてくる渡辺さんの勇姿をごらんあれ。

www.youtube.com/channel/UCBbfL7CxrYzuHLDhJ0B5HkA

サイトでは、調味料、オリジナルステンレスカップなどの取り扱いも。

http://www.igrekdoublev.com/

 

写真・大段まちこ 構成、文・太田佑子

 

 

 

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