わたしのパートナー
my partner
家事をするとき、仕事にとりかかるとき。
これがなくては始まらない、というものがあります。
ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。
連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。
高林麻里さんのパートナー・前編
「絵の道具」
昨年11月、ちょうどアメリカの大統領選挙の日に、ニューヨークから帰国した絵本作家の高林麻里さんとお会いした。
挨拶もそこそこに、バッグから取り出して見せてくれたのは、高林さんの画業を支える絵の道具だった。
使い慣れた古い筆、エッジがきれいにでる新しい筆(輪ゴムを巻いて区別している)、2Bの鉛筆、そして、いろんな色がのったままのパレット。
とくにパレットは、絵本を水彩画で描くことの多い高林さんにはなくてはならない存在だ。
「白を使うパレットは色が濁らないよう洗いますが、ほかのパレットはこうしてほとんど色をのせたままですね。色のパターンで何枚もあります」
じつはこの時季、CHECK&STRIPEの冬の贈り物企画のため高林さんは水彩と鉛筆それぞれで描くペットと人のポートレートを制作、ニューヨークで1/3ほどを描き、帰国してから残りすべての絵を仕上げ、あとは額装を待つだけという頃のタイミングだった。
そして、この贈り物企画での鉛筆画は、高林さんにとって新しい試みだったのだそう。
「落書きだったり、下書きするときにもちろん鉛筆は使いますが、そのまま作品としてというのが初めてで。でも描いてみると素朴な味が出て、すごく楽しかった」
高林さんはこれまで50冊以上の絵本を国内外で刊行してきた。
初めての著書は『だだっ子みきちゃん1ねんせい』(金の星社)で、このときは絵のみを担当した。
その本の刊行は1990年、高林さんがニューヨークに移住した年でもある。
「23、4の頃、最初にニューヨークへ友達と遊びに行ったとき、もうビビビッときて。ここに住みたい、住むべきだと。なにかが起こりそうな雰囲気、空気があるように感じて。パリもすてきだなと思ったけど、ニューヨークがいちばんでしたね。そこからいろいろ準備して30歳になったときに、行ってきますって、決行しました。渡米してすぐ夫と出会い、2年後に結婚するんですが、そのときはもう帰れなくなるんだなあって。だけど実際は、帰らなかった年はなかったですよね。向こうへ行ってもう30年になりますが、とくに母が80歳を超えてからは年に2回帰省してますし、友達とも疎遠になるかと思ったけど、今はメールも、インスタグラムもあるから。ニューヨークに行くときは仕事のためにFAXマシーンを持っていったくらいだったのにね(笑)」
そして、今回の贈り物企画に参加するきっかけとなったのは、そのインスタグラムだった。
「いろんな絵をアップしてるんですけど、labmiさん(CHECK&STRIPE代表の在田佳代子さん)が見つけてくださって。これまでも水彩のペットや人のポートレートを描いていたんですが、鉛筆画で肖像画はどうですか?って」
これまで鉛筆だけで完成させる絵は描いてこなかったけれど、すぐにやってみようと思ったのだという。
「なんとかなるかなって。じっさい描いてみたらおもしろくて。鉛筆もいろんな表情があるなあって思います。今は2Bを使っていますが、いろんなタイプを試してみたいですね」
高林さんがバッグからたくさんの紙片を取り出し、テーブルに並べると、その場にいたみんなから歓声があがった。
ハチワレで正面をじっとみている猫、ふわふわの体、まっくろな愛らしい目の犬、しましまの立派なしっぽのちょっとふてぶてしい猫…‥たくさんの犬猫ポートレートがまちまちの大きさの紙に描かれている。
高林さんは時間があると画用紙の端切れに小さなポートレートを描くのだという。
「うん、もう中毒というか、やっぱり絵が好きなんでしょうね。いつでもなにか描いてるから。仕事で描くのとは違って、息抜きのように描いています。機会をいただいて鉛筆を始めたら楽しくて止まらないみたいで。よかったらなにか描いてみましょうか?」
nounoubooks編集長&写真家の大段まちこさんの愛猫“ももくん” (ペルシャの男の子)の画像を見ながら高林さんが鉛筆を走らせる。全体のフォルムをざっと捉えて目、鼻と細部を描きこんでいく。
やわらかな線の連なりが形となってたち現れると、そこにはなんとも優しい表情の“ももくん”がたしかにいるのだった。
わたしのパートナーvol.6 前編
高林麻里さんのパートナー
「絵の道具」
高林麻里 ●たかばやし・まり 絵本作家、肖像画家。1990年に渡米し、創作を続ける。CHECK&STRIPEの依頼をきっかけに、最近は鉛筆画のおもしろさを感じているそう。『おかえりなさい、アレックス』(講談社)、『おたすけや たこおばさん』(偕成社)など著書多数。アメリカで刊行された『I live in Brooklyn』はロングセラーに。
写真・大段まちこ 構成、文・太田祐子