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KOBE'S BAKERY-HOPPING

 

伝統的なお店から、ニューオープンのお店まで。

CHECK&STRIPEの本拠地・神戸には、美味しくて個性的で、毎日通いたくなるパン屋さんがたくさん。

神戸開港の翌年(1868年)にはパンの店があったといわれるほど、その歴史は古いのです。

さて、タイトルのお話についても少しだけ。

「Hopping」には、「お店を巡る」という意味もあるそうですよ。

「パンのまち・神戸」に訪れた際には、ぜひ巡っていただきたい、

そんな編集部厳選のお店を全5回にわたってご案内します。

 

 

05 「パン職人であること」の、幸福

 

 

「Kobe’s  Bakery - Hopping」と題してお届けしたこのシリーズも、最終回となりました。

歴史もこだわりも、看板メニューもそれぞれ。代表的なお店を巡って感じたことは、パン屋さんとは、シェフの「個性」であり「哲学」であり、「生き方」そのものである、ということ。

5回めに紹介するのは、そんなテーマにぴったりの「ベッカライ ビオブロート (BACKEREI BIOBROT)」。

店名の「ベッカライ」は、ドイツ語で「パン屋」。

「ビオ」は「バイオ(自然農法)」。ブロートは「ブレッド」の意味。 その名の通り、オーガニックの原材料にこだわったドイツパンの名店です。

 

 

 

「雑誌などで取り上げられるとき、オーガニックや自家製粉の全粒粉、マイスターといったことがよく挙げられるが、僕自身は、自分のライフスタイルも含めたこの仕事の仕方が、いちばんの特徴ではないかと思っている」(オーナーシェフ・松崎太さんの著者『ベッカライ・ビオブロートのパン』柴田書店”より)

この言葉に集約されているように、「ベッカライ・ビオブロート」は、まさにシェフ松崎太さん(以下、太さん)の「生き方の延長線上にあるお店」といえるでしょう。

 

 

 

老舗だったり、大手メーカー店だったり。数多くのパン屋さんがある中で、太さんはたったひとりで、唯一無二のドイツパンの味を見つけ、その道を切り拓いてきました。

自分は何者なのか、何をして生きていくのか。葛藤を抱えていたという、大学生の頃の太さんは、ドイツとのツテどころか製パンの知識もなくて。ただただ「一つのことを深く知る」職人という在り方に憧れて、ドイツの「マイスター制度*」に、その活路を見出しました。

ドイツにおける「製パンマイスター」の資格とは、パン職人の最高権威を指します。

*マイスター制度…中世から続くドイツ独自の徒弟制度。手工業及び、工場の経営者、教育者としての権限を認められた、ドイツの職人に与えられる国家資格のこと。

 

 

 

渡独後、何度も壁にぶつかりながら修行を積み、学びながらゲゼレ(職人)の試験に合格、ついにマイスターとなった太さん。

まるで小説のようなそのストーリーは、その後の修行やパンの製法なども含め、前述の著書『ベッカライ・ビオブロートのパン』に詳しく書かれています。

(パン職人を目指す人はもちろん、そうではない方にも、生き方を考えさせられる良書です。おすすめ!)

太さんみずから、工房にある石臼で小麦を製粉していること。外皮も含め、麦を丸ごと使用した有機全粒粉100%のパンであること(一部、食パンを除く)。惣菜パンはなく、点数を絞ったシンプルなパンのみを扱うこと。そして、それらはすべて太さんひとりで作っているけれど、いたずらに長時間労働をするのではなく、「合理的に、でもちゃんと美味しくなる」製法によって、日々「読書」と「ランニング」の時間も欠かさないこと。

「健康なパンは、健康な土地からのみ生じる」というのも、本の中の印象的な言葉でした。

 

 

 

太さんは、「僕が焼きたいのは、自然な原料のみで作られて、なおかつ洗練されている、そんな時代のパン」と言います。

そんな「この店の顔」ともいえるのが、「フォルコンブロート」(写真左/690円税込)という、全粒粉のパン。

小麦の全粒粉とイースト(酵母)、水と塩だけで作る、シンプルなハード系のこのパンについて、「もっとも小麦の風味を味わうことができるパンです。ぜひ、香りも深まる翌日に召し上がってください。次の日に美味しいと思うパンを作りたい、というのが、彼の思いでもあるんです」と、共にお店を営む妻の多貴さんがそう教えてくれました。

 

写真右側は、この店ではめずらしい、精製された粉で焼いたトーストブロート(食パン690円税込)。

「他のパンはすべて全粒粉100%で作っていますが、このパンだけは精製された粉で焼いた、いわゆる白パンです。自分がパンを好きになったきっかけは、中学生の頃に美味しい食パンをたべたこと。多くの日本人にとって食パンは、パンの代名詞と言っていいと思います。なのでこのパンだけはドイツとは関係なく、まったくのオリジナルで作りました」(太さん)

 

 

 

 

 

さてここからは、あまり他記事では語られていない、妻・多貴さんと太さんの物語を紹介したいと思います。

お二人の出会いはドイツ。職人養成のためのプログラムを通じて、日本人のドイツ留学をサポートしている「日本カールデュイスベルグ協会*」がきっかけでした。太さんはもちろんパン職人を。一方の多貴さんはフローリストの職人を目指し、時同じくしてドイツに滞在していたのだそうです。

「ちょうど12月に、この協会主宰の職場体験発表会が開催されたんです。クリスマス時期で、私が働いていた花屋さんも繁忙期。当然欠席しようと思っていたのですが…。店のマイスターから、“きみはこの協会を通じてドイツに来ているのだから、出席しないとだめだよ”と言われました」(多貴さん)

果たしてそのセミナーで、隣の席に座っていたのが太さんだったのだそう。「のちに、“きみは、太に会いにドイツに来たんだね”と、花屋のマイスターに言われました」と、笑う多貴さんでした。

*現在は、同プログラムは「NGES 日独交換エキスパートサービス」が運営。

 

 

 

 

フローリストとして、ドイツやベルギーで修行をする中で、多貴さんはあることに気づきます。

「私は、自分で率先してデザインを作りあげるタイプではなく、助手として、装飾やブーケの土台をコツコツ作るほうが楽しいし合っているな、と思いました。とても著名なマイスターのもとで修行をさせていただいて、フローリストの仕事については“やりきった感”も感じていました」(多貴さん)

おつきあいが始まって一緒に暮らすようになり、多貴さんの目に映っていたのは、パン職人の在り方に真剣に向き合う太さんの姿でした。

「当時は家でも試作のため、彼は毎日パンを焼いていました。パンを入れたオーブンの前で、腕を組んだまま、じーっと座って膨らみ具合を見守っているんです。まるで自分の子どもを生み出すような、愛おしそうなまなざしでした。本当にパンが好きなんやなぁと、その姿は今でも印象に残っています」(多貴さん)

 

 

 

ドイツの地で、生涯のパートナーと、自分が本当にやりたいことを見つけた多貴さん。

「私がパン屋さんをしたいと思ったのは、彼が作るパンを売りたいと思ったからです」とにっこり。

「それを美味しいと言ってくださるお客様に、売ることができる幸せ。いくら私たちが売りたいと思っても、買ってくださる方がいなければ成り立たないですものね。感謝と幸せ。本当にありがたいなと思います」(多貴さん)

そして太さんも、「パン職人を仕事にしたのもそうだし、作るパンにしてもそうですが、本当に自分がしたい事を好きなようにして生活が成り立っている状況は、とてもありがたい事だと思います」と言います。

 

ではこの神戸の街で、「どんなパン屋(パン職人)であり続けたい」と思われますか? 

「良質なオーガニックの原材料を使って自家製粉をして、シンプルだけれどもそれでいて美味しいと思っていただけるパンを焼き続けていきたいです。パンを焼くことは、日々の糧を得るためだけでなくて、自分の修行として捉えてもいます。なので誰かに任せたりするのではなく、現役として毎朝工房に立ち続けること。それがとても大事だと考えています」(太さん)

太さんの哲学と生き方と、それを支える多貴さんの愛情と。そのひとつひとつの要素が有機的につながって生み出されてるパン。それが、「ベッカライ・ビオブロートのパンは美味しい!」といわれる所以なのだと思うのでした。

 

 

 

ベッカライ ビオブロート (BACKEREI BIOBROT)

兵庫県芦屋市宮塚町14-14 101

0797-23-8923

営業時間:9:00~18:30

定休日:火曜・水曜・木曜

 

写真·大段まちこ 構成・文·井尾淳子

 

 

 

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