伝統的なお店から、ニューオープンのお店まで。
CHECK&STRIPEの本拠地・神戸には、美味しくて個性的で、毎日通いたくなるパン屋さんがたくさん。
神戸開港の翌年(1868年)にはパンの店があったといわれるほど、その歴史は古いのです。
さて、タイトルのお話についても少しだけ。
「Hopping」には、「お店を巡る」という意味もあるそうですよ。
「パンのまち・神戸」に訪れた際には、ぜひ巡っていただきたい、
そんな編集部厳選のお店を全5回にわたってご案内します。
04 「どこにもない」を探して
4回目は、神戸・元町県庁前にある「パネホマレッタ(Pane Ho Maretta)」を紹介します。
店内のテーブルの上には、所狭しと、ぎっしりと並べられたパン、パン、パン…!
「どれにしよう!?」「あれもこれも、ぜんぶ食べてみたい!」
店内に入った人は、まずはその壮観な眺めにびっくり。目も胃袋も奪われてしまうことでしょう。
そんな幸せな仕掛けは、オーナーシェフ・西脇健介さんによるアイデア。
2017年のオープン時に考えた、この店の大事なコンセプトでもありました。
「小さな店舗で、どんなふうにお客様をわくわくさせることができるのか。そのことを考えたとき、“とにかくたくさん、数を用意しよう!”と思いつきました。そうすると、ぎゅうぎゅうつめると形が崩れてしまう柔らかいパンも、バタールやバゲットなどの大きなパンも置けません。なので必然的に、うちの店では、ハード系のパンを武器にしていこう!と決まったんです」(西脇さん)
西脇さんは、20年来のパン職人。
大阪の「ブランジェリータカギ」、神戸・西元町の「ミックスプラスベーカリー」といった人気ベーカリーでパンを作り続ける中で、多くの気づきがあったといいます。
たとえば、大阪のお客さんと神戸のお客さんでは、好まれるパンの種類、具材の傾向に違いがあること。
人気店の多い神戸では、「引き算に特化」して、シンプルさを売りにしているお店が多いこと…などなど。
「独立して自分の店を出すと決めたとき、それらのデータをもとに、もっと面白くしていきたい!と、あれこれやりたいことが浮かんできました。神戸には、老舗のお店や地元で愛されているお店がたくさんありますよね。そんな中で自分の店は後発隊なのですから、まだほかの店がやっていないこと、どこにもないパン屋を目指そうと思ったんです」(西脇さん)
「どこにもない」のひとつめは、なんといっても、パンの種類の多さ!
コロナ禍以前は、お客さんが自由に買いたいパンを選ぶ販売スタイルで、1日に約120種。
スタッフが商品をとるスタイルに切り換えた今でも、一日90~100種のパンを提供しているといいます。
「クロックムッシュといえば、通常は1種類ですよね。でもうちの店の場合は、違うソース、違う具材を載せて、バリエーションを多くしています。すると、お客さんの選択肢も増えますよね。“今度はべつの種類も食べてみよう”と思っていただいて、また足を運んでくださるんです」と西脇さん。
定番のムッシュ ドゥ ジェノベーゼに加えて、 ムッシュ・ドウ・シャンピニオン(キノコのクロックムッシュ)があったり、ムッシュ・ドウ・アメリケーヌ(海老のクロックムッシュ)があったり。
クロックムッシュひとつとっても、1日に5~6種類のバリエーションが並ぶのだそう。
なるほど、それはたしかに選ぶ楽しさが広がるし、一度行っただけで満足、とはなりません!
「どこにもない」のふたつめは、「こねたり」「焼いたり」にかける時間の長さ。
定番人気商品の甘いパン「ダマンド」は、丁寧な工程でじっくり作られているだけあって、ビスケットのようなサクサク感。
「折数を減らしたクロワッサン生地を使用することで、食感を出しています。通常は10分くらいで焼き上がるパンですが、あえて40分かけて焼いて、水分を飛ばします。そうすることで、時間が経ってもサクサク感が損なわれないんですよ」(西脇さん)
そして、もうひとつの人気商品“ドッグ”シリーズも、食感を軽くする工夫がありました。
「ドッグ系に使っているフランスパンは、湯種という、いちばんこだわっている製法で作った生地を使っています。湯種は、小麦粉を熱湯でこねて寝かせるのですが、それによってもっちりとした食感が生まれます」(西脇さん)
6時間ほどこねて焼き上げる通常のフランスパンに対して、パネホマレッタのフランスパンは、なんと36時間、二日がかりでこねて、生地を作っているとのこと!
こだわりの生地で作ったフランスパンを使用しているドッグシリーズ。写真右 ジャイアントBOO/330円 写真左 あぐー豚のメンチカツ×キャロットラペのサンド/390円 *すべて税込
「ベシャメルソースが入ったパンが多い中で、このジャイアントBOOは、シンプル・イズ・ベスト。
うちの店ではめずらしい、素材そのものを味わっていただけるパンです。
メンチカツのサンドは、とんかつソースで食べる惣菜パンとの違いを出したくて、キャロットラペと合わせました」(西脇さん)
店名にある「パネ」は、イタリア語で「パン」の意味。
「ホマレッタ」は、いちばん早く売り切れになる食パン「極上湯種食パン”誉”」からもじったもの。
「“ホ”の部分で分けてみたら、“マレッタ”というのは、イタリア語で“さざ波”というのがわかって、なぜかうまいことハマったんです(笑)」(西脇さん)
「食パンはお店の顔だから、いちばんの人気商品でなければ」という思いから、食パンの名前をベースに、お店づくりをしていった、というエピソードも教わりました。
ダマンドは、平均で450個。クロックムッシュは350個。ドッグ系は300個近くを毎日用意。
しかも人気商品はいつも焼き立てを提供できるよう、フル稼働態勢でスタンバっていると聞いて、さらにびっくり。(もちろん、そのすべてのパンは夕方頃には完売してしまうのです!)
たくさんの数と種類と、丁寧な手間ひま。
小さなお店ながら、「どこにもない」を守り続けているのは、西脇さんと5人のスタッフで、全員が独立志望の20代女子なのだとか。
「たくさんの数を作るうちの仕事はハードだと思いますが、みんな、お客さんに愛されるパンはどういうものか、毎日真剣に学んでいます。彼女たちが巣立って、神戸の街にたくさん個性的なパン屋をオープンさせてくれたなら、こんなにうれしいことはありませんね」(西脇さん)
そう遠くない未来にはまた、「誉れ高き」、そして「どこにもない」、西脇さんが育てたパン屋さんが誕生しているに違いありません。
クロックムッシュの味をまた思い出したその時。
「また食べたいなぁー」とばかりに、お腹がぐーっと幸せな音を立てたのでした。
パネホマレッタ(Pane Ho Maretta)
兵庫県神戸市中央区下山手通5-1-1 興栄ビル1F
078-954-8255
営業時間:8:00~19:00 *パンが売り切れ次第閉店
定休日:月曜(火曜のみ不定休)
写真·大段まちこ 構成・文·井尾淳子