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わたしのパートナー

 

わたしのパートナー

my partner

家事をするとき、仕事にとりかかるとき。

これがなくては始まらない、というものがあります。

ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。

連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。

 

saqui

岸山沙代子さんのパートナー·後編

「ノート」

 

 

 

流れにのっかって、いつのまにか。

 

岸山さんはそう言うけれど、あらためてノートを見返すと、「いつのまにか」なんて言葉は遠くへ行ってしまう。

フランス語と日本語で、ていねいに細部まで書き込まれたノートは、それだけ真剣に岸山さんが学んだ証。洋服と人体の構造を頭にすべて叩き込んだ岸山さんだからこそ、新しい洋服の在り方が見えてきたのではないか。

編集者を経て、真剣な学びを経て、その流れは岸山さん自身が生み出したもののように思える。

「今も見返して、確認する」というこのノートはパリ時代の思い出のひとつなのではなく、岸山さんの今現在、そしてこの先をも導いてくれる特別な存在なのだ。

「ほんとうにないと困るものですね」そう声をかけると

「困ります。無人島に持っていくものと聞かれればこのノートだから」

「無人島でも洋服を?」

「そう、なにか材料を探して…‥って誰もいないのにね(笑)」

 

 

 

ところで、saquiのデザインはどんなところから生まれるのだろう。

「ふだんから人の着ているものを見たり、インプットは大切で。でもいちばんは生地かもしれない。私の場合、使う生地は8、9割インポートなんです。テキスタイル展へ行って、わーっとたくさんの生地を見て。ざっくりイメージが湧いたらだいじょうぶ。この生地でコートとかワンピースとかかわいいよね、って思い浮かべられるものを見つけます」

定番のワンピースやパンツに使われるのはイタリアのブランド「ファリエロサルティ」のしっとりとした、落ち感の美しい生地。下着の線を拾うこともないし、手洗いで洗濯することもできる。長く履いてもパンツの膝が出ないし、丸めてもシワにならないから旅行のときに愛用するという人も多い。

2021の春夏コレクションに登場したボーダー生地は絶妙な配色と縞の太さ、生地の光沢感でカジュアルさよりも大人の上品さを引き立てる。
国産の布のセレクトのアドバイスをしたこともある在田さんが生地のサンプルを見ながら言う。
「うん。すごく上質。なかなか日本では見つからない布ばかり。インポートだし、原価を考えるとsaquiの洋服はすごく良心的だと思います」

「業者さんには岸山さんぐらいだよこんなに高い生地買うの、って言われます。私の場合、アパレルで働いたことがないから、業界の常識とは関係なくものづくりができているのかもしれない。販売も卸しはあまりやっていなくて、展示会での受注とsaquiのオンラインショップ、『ほぼ日』のweeksdaysがメインだから」

 

 

 

デザインは、生地ファースト。

そしてやはり岸山さんだけの目線がしっかりあった。

「どんなものにしていくか。コレクションごとにアイテムを紙に書き出してデザインしていきます。基本は自分がいいと思うものなんですけど、たぶんみんなが好きだと思ってくれるものじゃないとだめ。みんな好きだよね。だけどどこにでもあるものではもちろんだめで。そういう目線が私にはあるんです。自分がいいかもと思っても、よくよく考えて、いや、こんなのみんな着ない。そうわかるから。それはこれまで編集という仕事をやっていてよかったなと思うことのひとつです」

雑誌も書籍も読者のために。自分の好みだけで作るわけではない。ましてや自己表現の場でもない。編集者として読者はなにを求めているか真摯に向き合ってきた自負が、デザイナーとなった今も岸山さんのなかに息づいている。

「あのね、二の腕とかお腹とか、saquiの服は隠したいところが隠せるんですよね」在田さんがそっと言う。

「だってね、ほんとに作ってるときに在田さんとか伊藤さんの顔が浮かんできて、『これ着ないよなあ』って思うと、ボツにするの。あの人どうかなあ? 着ないよねえって。いつもけっこう誰かを想像して作ってるから」

 

 

 

自分の服を届けたい相手が見えている。

その人のことを思って洋服を作っている。

だから、上質だけど、なるべくなら手洗いのできる生地がいい。

旅行好きな人が多いからシワにならない生地にしよう。

アクセサリーが映えるようにシンプルなフォルムに。

ディテールは違いのでるところだから細部に凝って(ファスナーはスイス製のリリ、リボンや小物はパリで買い付けたものが多い)。

もちろん着やすく、でも、なにより大人の女性がいちばん美しく見えるシルエットに。

「でも生地の値段はかわいくないんですけど(笑)」

 

 

 

順調に育ってきたsaquiだが、昨年から続くコロナ禍のなか、岸山さんも不安にピリピリすることもあった。

「もともとネガティブな想像が多いタイプで。今はいいけど、明日にはみんな飽きるんじゃないかとか、売れているアイテムもいつ注文が減るかわからないからもうやめようとか。気に入らないステッチのことをずーっと考え続けたり」

そんな岸山さんがお守りにしているものがある。

それは最初の展示会にふらっと現れて以来、ほとんどの展示会に足を運んでくれる作家の光野桃さんの言葉。

「ブランド立ち上げの時からお客様で、コレクションを発表するたびにメールで今回はここがよかったとか、メッセージをくださる。いままでいただいたすてきな言葉はあげたらキリがないほど。私がコロナでどうしようどうしようと言ってたら、『だいじょうぶよ。本物は残るから』と声をかけてくださって。それがずっと心の支えになっているんです」

 

 

わたしのパートナーvol.5 後編

saqui

岸山沙代子さんのパートナー

「ノート」

 

岸山沙代子●きしやま·さよこ 1977年生まれ。大学卒業後、ブティック社、世界文化社を経て、集英社『LEE』の編集者に。伊藤まさこさんなどの担当として活躍後、パリに留学。2016年に自身のブランド『saqui』を立ち上げる。展示会、オンラインショップをメインに展開中。お知らせはhttp://saqui.jp/

写真·大段まちこ 構成、文·太田祐子

 

 

 

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