わたしのパートナー
my partner
家事をするとき、仕事にとりかかるとき。
これがなくては始まらない、というものがあります。
ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。
連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。
木工作家
江籠正樹さんのパートナー・前編
「オリバー」
春が始まったばかりの、まだ寒さの残るある日。江籠正樹(えご・まさき)さんは、福岡の大濠公園にパートナーを伴って現れた。
ノーフォークテリアのオリバー。
まだ新幹線に乗せてやったことがないから、と住まいのある熊本からふたりで片道30分の鉄路をやってきたのだった。
オリバーはイギリス原産の小型犬で、体高25cmほどなのに、背の高い江籠さんをぐいぐい引っ張るようにして走ってくる。
その主、江籠さんが少しばかり困ったような顔をしてみえるのは気のせいだろうか。
江籠さんが生み出す人形たちは、どこか静かな印象を残す。
はるか遠くをのぞむような眼差し。
凛、と静謐な空気をまとって佇む。
てのひらにすっぽり収まってしまうほどの大きさなのに
かわいいというひとことで言い表せない、その存在感。
ふだん、江籠さんは自宅の工房で彫刻刀を片手にオブジェを作っている。
足元にはオリバー。木屑にまみれながら、じっとしていることが多いという。
「今は、2週間後に個展があるから忙しい時期ではあるんです。
だいたい朝5時半くらいに起きてすぐ仕事に取り掛かって。
夜は12時、1時までが限界かな。オリバーはだいたいずっと一緒にいて、夕方5時くらいになると、『そろそろなんですけど?』みたいなかんじで散歩に誘ってきます」
基本的に仕事は座りっぱなしで、昔は1日500歩も歩かなかったけれど、今は毎日2、3キロをオリバーと歩く。
「オリバーが来てからずいぶん健康的になりました」
江籠さんの故郷は、鹿児島県の南西あたりに位置する南さつま市。
子どもの頃から手を動かすことが好きだったという。
「ぼくは、図工とか美術だけは成績がよかったんです。プラモデルも好きでしたし。買ってもらえないときは厚紙でガンダムを作ったりもしました。これ、ちょっと悲しい話ですけど、当時、うちの家業がうまくいかなかっったんですね。だから親も余裕がなくて、ぼくが絵画コンクールで表彰されたりしても喜んでもらえなかったんです。今は笑い話ですが、親は覚えてないんですよね。でも、そのせいか自分でなんとかしないといけないという気持ちが子どもの頃から強くて、連載漫画を書いて友だちに売って小遣い稼ぎしたり、建築現場でアルバイトしたり」
そんなふうに自立を急いで、江籠さんは進学先に工業高校を選んで手に職をつけ、卒業後は叔父の伝手で地元の電力会社に推薦してもらうことも決まっていた。
「でも、ぼくのクラスでいちばん頭のいい友人がそこを受けて落ちたんです。それを知って、ぼくはなんて自分はずるいやつなんだと」
叔父への不義理に身を苛まれたが、江籠さんは試験を受けず、設計会社に就職した。
会社での仕事は、電気関係の設備設計。手を動かして数々の図面を書き、10年経った頃、仲間と一緒に熊本で独立した。
「図面を書くのも手書きの頃は楽しかったんですけど、CADが導入されてパソコンでの仕事になると‥‥」
通信環境も劇的に発達し、熊本にいながらにして東京や福岡の仕事を請負い、朝から晩までパソコンの前。
深夜12時前に家に帰ることなどなかったという。
だんだん体は不調となり、心も悲鳴をあげるようになってきた。
「パソコンの前に座ると吐いてしまうような状況で。それで仕事は辞めてしまいました。その前に家も建てて、ローンもあるのに」
やりたいこと、次の仕事のあてもなかったけれど、当時よく読んでいたインテリア系の雑誌で職人ではなく、木を材料として作品を作る木工作家という存在を知る。
「会社を辞めて、庭で棚を作ったり、木で何か作るのが好きだったので。そんな人たちがいるのかと」
家を片付けていたときに小学生の頃使っていた彫刻刀でスプーンを作ってみた。
周囲はすごいと言ってくれたけれど、出来栄えは満足できるものではなかった。
それでもスプーンの数は2本、3本と増え、お皿やトレイなども作り出した。
とあるレストランの二階を借りて作品展をしたこともあったが、もともと、いきあたりばったりで行動するタイプではない。
これでごはんを食べていけるとは思えない。江籠さんは再就職の道を探る。
「それで、就職したんです。最初は設計の仕事だったんですけど現場に回されて、現場監督ですね。これもまた不幸なことに、そこで事故にまきこまれてしまって」
折れた心をごまかしながら、それでも復帰したけれど、さらに落胆することがあり、再就職した会社を去ることにした。
これでは食べていけないと思い、あきらめた木工。でも、木を触っていればどこか心落ち着く自分がいる。だめだろうと思いながらも、東京の雑貨店を巡り、作品をみてもらおうと思った。
「恵比寿のイコッカさんやほかにも、前からすてきだなと思っていたところを回って、作品を見てもらおうと思ったんですけど、たまたまぼくのシャツのボタンがちぎれちゃって、代わりがクマのプリントされたトレーナーしかなかった。シャツで行くと決めていたから、トレーナーでは失礼だと思って言いだせなかったんです」
熊本に帰って、お箸とスプーンとフォークのセットに手紙を添えて送り出した。
「ご意見お聞かせください」。自分の作るものは通用するのか。
しないだろうな、とあきらめ気分を抱えたまま。
「結局、木工を続けるのか辞めるのか、自分で決められなかったんです。でも一箇所だけお断りの返事が来て。それで、木工はあきらめて、また設計の仕事で会社に入ったんです」
勤めていた1年半、まったく木工はしなかったという。彫刻刀に触りもしなかった。
ところが。
「なぜかしらイコッカさんから連絡が来た。お箸の注文があったんです。作品を送ったとき、ぼくは住所しか書いてなくて、それでも思い出して返事を半年後にくれた。うれしかったですね」
●わたしのパートナーvol.4 前編
木工作家・江籠正樹さん
オリバー
江籠正樹●えご・まさき
1973年鹿児島県生まれ。木工作家。スプーンや食器を経て、現在は独特の存在感を放つ人形やオブジェを製作。個展を中心に活動中。CHECK&STRIPE10月23日〜25日、12月4日〜大阪SHELFでの個展が控えている。
写真・大段まちこ 構成、文・太田佑子
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