わたしのパートナー

 

わたしのパートナー

my partner

家事をするとき、仕事にとりかかるとき。

これがなくては始まらない、というものがあります。

ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。

連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。

 

 

おじろ角物店のパートナー·後編

「たっちゃんと美穂さん」

 

正さんの転勤を機に結婚したふたり大分で暮らし始めた頃。

ある日、正さんは福岡のギャラリーで、アンティークの角物に出会った。今までにみたことのなかった竹の道具。

「かちっと四角くて、飴色で。わあ、こんなんが竹で作れるのかとひとめぼれ」

子どもの頃から、四角い箱が好きだった。アルミでも木でも、素材は問わず四角い形が好きで、見つけてはコレクションに加えていた。

美穂さん 「訓練センターに入る前に、主人がこの四角(角物)を見つけてきて」

正さん  「こういうのを作ってみたい!と思ったんです」

しかし訓練センターでは、角物の授業は2日間しかなかった。

「物足りなくて、あちこち調べたら、もうそれを専門に作る人は師匠しかいなくて。学校に通いながら師匠のところへ通い詰めて、もう授業より角物だけが作りたくてたまらんかったんです」

 

竹を平たく裂くのも楽しい。角をきっちり作っていくのも楽しい。

水を得た魚のように働く正さんに周りの人も「もう何十年もやってるようやなあ」と声をかけるほどだった。

そして卒業後にふたりで師匠に弟子入りしたのは前述したとおり。

正さんによると、角物が発達したのは江戸時代からのこと。

有馬(兵庫)を先頭に道後(愛媛)、そして別府(大分)の地場産業として盛んになった。温泉場で使われるカゴとして、また、集う人々へのお土産として。

そして西日本では、生活道具の豆腐かごとして竹の角物を使う習慣があったのだという。

「各家庭に豆腐カゴがあって、豆腐を買ったらそれに入れて水を切りながら持ち帰ったそうです。竹は清潔な素材で、軽い。80歳以上の人は懐かしいと思われるみたいですね。あと、福岡では結納の時に鯛の雄雌を合わせて平たい角かごに乗せるという風習もあったと聞きます」

現在、おじろ角物店には、お弟子さんが3人通いでやってくる。

「今のお弟子さんは、5年目と3年目と新人さん。最初の頃は僕たちのすぐそばで作業して仕事を覚えてもらいます」と正さん。行く行くは職人として独り立ちできるように仕事を教え、独立してからはパートナーとしておじろ角物店を一緒に支えてもらいたい。

「三日坊主の人もいます。芸術をしたい人もいる。でも、うちは道具を作っているのでそれはちょっと違う。地味な、ほんとに地味な仕事がほとんどで。それをして初めて、まっとうな道具を作り上げることができるんです」

 

 

仕事の流れを教わった。

まずは材料を揃える。竹材店に元は12mはある竹を半分にしてもらい、工房へストック。その竹材から、必要なパーツを切り出し、加工する。パーツが揃ったら編んで組み立て、鋲打ちをして固定。

こう書くとかんたんなようだが、実際の作業は精緻を極め、また体力も使う。

ひとつの角物を仕上げるのに使うパーツは少なくとも100は超え、それぞれに正確なサイズと角度が求められる。

最初の「パートナー」候補だった竹割包丁を叩きつけるようにして正さんが竹を大まかに割っていく。刃の根元を使って竹を大きく割り、刃の角にひっかけてどんどん薄く裂いていく。

 

正さん  「割いたものをこんどは紐状にしていく。角物を仕上げるのにここまでの作業が8割がた」

美穂さん 「モデルごとに寸法表を作っていて、この型ならこのパーツがいくつ必要かというのをまとめています。幅3mmで10cmの長さが何本、角のパーツが何本、というように。それが必要なだけ揃ったら整理して、ようやく編む作業に入ります」

正さん 「うちには戦前に使われてた竹剥機があるんです。もう高齢で使わないというのを元職人さんから譲り受けて。それを使うとしゅんしゅん、竹を薄く剥ぐことができるんですけど、これも不思議なことで、自分の手で竹を薄く剥ぐ技術がないと、機械もよう扱えんのです。どうも日本人の手先というのは細やかで手仕事のDNAみたいなもんがあるみたいなんですよ。みんなただ使ってないだけで。慣れれば、コンマ何ミリかの違いも感じ取れるようになってくる。まあ、時間はかかるんですけど」

 

 

 

 

 

独立した当初、作っていたのは豆腐カゴを基本として、その比率を大きくした角物だった。

正さん  「角物はもともと寸尺で作られたもの。僕たちが最初に作っていたのも寸尺をもとにしたサイズでした。でも、それだとピタッと治まらないって声がお客さんから寄せられて。今のマンションやアパートのクローゼットは寸尺基準ではないからですね、江戸時代のままのサイズ感だとどうも古臭く見える。それでいろいろ研究して、コルビュジエの黄金比にたどり着いて、そのサイズ感で作ってみたらバシッときたんです。おお、これやと。独立して3年目のことでした」

もちろん今でも、昔ながらの家に住む人や民藝を好むお客さんのためには寸尺基準の角物を手がけるが、この経験以降、おじろ角物店の道具は現代に生きる使い手のため折々に新しい形を生み出してきた。

裁縫箱、弁当箱、書類入れ、手提げ、トランクケース。

フランスの建築家、デザイナーのシャルロット·ペリアンが愛用していたというシェルバッグを復刻したときは、パーツの重なりや角度まで美穂さんが細かくサイズ出しをし、調整した。留め金を外すとすべてが平たく面になり、持ち運びに場所をとらず、軽くて、なんといってもその形が美しい。

 

 

 

「もともとは大分の竹細工職人が輸出用に作っていたバッグで。こういうのを見ると昔の人はすごいですよね。でも、美穂さんがまたこれを改良して、開き口が小さくなるタイプのものも作れるようになって。ほんと、美穂さんがおらんと仕事はまわっていかんです」

 

 

 

これから新しく作りたいものはあるか、正さんに聞くと、ぱっと明るい顔をして、「あるんですよ、いっぱい!」。

 

正さん 「なんかですね。かごはかごなんですけど、ちょっと違ったものを考えてて。パーツだけ取って、まだ作ってないんですけど‥‥。この話をしたとき、美穂さんもよかった、って言ってくれて」

美穂さん 「うん。やっぱり情熱がなくなったら終わりだなあと思って。作りたいものがあると聞くとうれしい。よかったと。だから、たまに、『作りたいものある?』ってわざと聞いてみたりして(笑)」

正さん 「使ってなんぼの実用品ですけど」

芸術的なものを作ろうとは思わないか、重ねて聞くと、

「まったく! それだったら竹じゃなくていい。僕はやっぱり道具、プロダクト寄りのものが好きですから」

はればれとした笑顔でそう言った。

 

わたしのパートナーvol.3

おじろ角物店

[たっちゃんと美穂さん]

おじろ角物店●おじろかくものてん 角物(箱物)を中心に展開する小代正さん、美穂さんによる竹工芸ユニット。先の東京オリンピックのときに流行したシャルロット·ペリアンデザインのシェルバッグの復刻や、様々なブランドとのコラボ製品なども手がける。取り扱いなど詳細は、https://ojirokakumonoten.com/

https://www.instagram.com/ojiro_kakumono_ten/

 

写真·大段まちこ 構成、文·太田佑子

 

 

 

バックナンバー

03 前編 おじろ角物店
02 後編 料理家 渡辺康啓さん
02 前編 料理家 渡辺康啓さん
01 後編 himie 下川宏道さん
01 前編 himie 下川宏道さん

 

 

 

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