わたしのパートナー
my partner
家事をするとき、仕事にとりかかるとき。
これがなくては始まらない、というものがあります。
ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。
連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。
Uf-fu(ウーフ)オーナー
大西泰宏さんのパートナー・前編
「身体」
ひとくち飲むだけで、これまで飲んできた紅茶とは別ものだとわかる。
鼻に抜ける香りはもちろん、胸に満ちる香気の清らかさ。舌や喉に感じるまっすぐな味わい。
アッサム、セイロン、中国茶、そしてなによりダージリンティーの品揃えで紅茶好きに信頼の厚いUf-fu(ウーフ)は、2002年に大西泰宏さんが兵庫県芦屋市で創業した紅茶のインポーター。店内には大西さんが厳選した数々の紅茶がずらりと並んでいる。
メールで連絡をとり、最初に大西さんにとってのパートナーを伺ったら、こんな答えが戻ってきた。
「ずっと考え続けたのですが、物質的にはありませんでした。
パートナーでは無いかもしれませんが、私にとって私自身の身体が相棒です。
お茶と向き合い、どこまでも深く、早く、的確に私が判断できるようになるということだけをここ十数年追い求めております」
身体がパートナー。
それはどういうことなのだろう。
創業から、今年で20年を迎えたウーフ。
今も昔もテイスティングは大西さん自身が行い、本当に自分が心からおいしいと思えるお茶だけを取り扱っている。
大西さんが考える紅茶の本当のおいしさとは、飲んだときの香り、旨み、心地よい苦みや渋み、喉ごしと、最後に残る余韻。ひとつひとつの要素はもちろん、それらがどんなふうに組み合わされているか、またそのバランス。
現地から届くサンプルから選ぶほか、年に数回、インドやスリランカ、中国などお茶の産地を訪れ、茶園のマネージャーとともにテイスティングし、ウーフ好みのお茶を選ぶのだという。
「私が出会うことができるのは、星の数ほどあるお茶のなかのほんの一握り。だから、出会えたお茶やその作り手の方たちに常に敬意をもちながら、テイスティングしています」
何十種類も並べられたお茶を、ほんの少しスプーンですくい取っては口に含んで味を見、香りをかぐ。それを茶葉の数だけ繰り返し、瞬時に仕入れる茶葉を決めていく。
photo by Yasuhiro Onishi
ウーフのInstagramに今年6月のインドでの買い付けの様子がアップされている。
インドのダージリン地方、霧に覆われた谷あいの茶園。茶葉を慣れた手付きで素早く摘んでいく女性たち。茶園のマネージャー、ずらり並べられたテイスティング用のポットとカップ。
素人目には色合いのわずかな差ぐらいしかわからないけれど、この中から大西さんが選ぶのはごくわずか。好みのものが見つからなくて、買い付けの収穫がないときもあるという。
「良いお茶がないというわけではないんです。この十何年かで、私は自分の求めるお茶がはっきり固まったんですね。だから、良いお茶かもしれないけど、私が選ばないこともある。むしろ、自分が選んだお茶は完璧でなくてもいい、誰にでもわかるようなものでなくていいとすら思うこともある。紅茶はあくまでも嗜好品。自分が選んだお茶に共感してくれたり、理解してくれたりするのはすごく嬉しい。けれど、そもそもお茶は2000年ものあいだ、人類に嗜まれてきたもの。だから、ウーフのお茶に限らず、いろんな方にお茶を飲んでもらいたいし、生活にとりいれてもらいたいという気持ちが基本にあるんです」
自分の心に本当に響いたお茶しか扱わない。そのためには、お茶を感じる器、自分自身の身体を研ぎ澄ませておく必要がある。
最初に始めたのは歯磨き粉を変えることだった。
化学的に合成された成分を使わない、自然由来の歯磨き粉を使ってみた。14、5年前のことだ。
「3ヶ月くらいたつと味覚がどんどんどんどん研ぎ澄まされていく。テイスティングしてるときに、明らかにお茶の輪郭がクリアに感じるようになった。今までぼやーと選んでたんだなって思って」
それをきっかけに、シャンプーやボディシャンプーなど、身の回りに使うものを次々と自然由来のものに切り替えていく。身につけるものも綿など天然素材を選ぶ。そして、食べ物への意識も変化していく。
「食品添加物にも気をつけるようになりました。日本はとても多くの食品添加物が認められてますよね。欧米の基準くらいになってくれるといいのですが。生活を切り替えたことで、化学調味料や酸味料などもてきめんに感じるようになって」
なにより困るのは、そうしたものを食べた後にテイスティングすると、茶の味がわからなくなることだという。舌が食品添加物の影響を受けてしまい、茶の本来の味や香りがわからなくなってしまう。そうなると、元の状態に戻すにも時間がかかってしまうのだそうだ。
「だから、テイスティングの時期は不用意に知らないものは食べないし、アルコールは体質に合わないこともあって極力飲まないようにしています。3月から7月までは私のすごく好きなダージリンのファーストフラッシュ、セカンドフラッシュが出回る時期だからなおさら。でも、よく買い付けに行くインドはイギリス文化の濃く残る土地だから、まずは乾杯から。ビールで乾杯して、スナックをつまんで、ウイスキーを飲んで、さあ食事だと。向こうの人たちは体質的にアルコールを受け付けないってことがわからないから、私もほんの少しだけ付き合うようにしています(笑)」
歯磨き粉から始まった天然素材への回帰は、またひとつの気づきをも与えてくれた。
「自分の体内に入るもの、身の周りのものに責任をとりたい。そう思うようになりました。お金を払うということは買ったものを認めることになるなあって。支持していることになるんですよね。だから自分は、身体への影響も大事だけれど、そういうことも含めて自分の行動に責任をもちたいと思うんです」
●わたしのパートナーvol.12前編
大西泰宏さん
「身体」
おおにし・やすひろ●紅茶専門店を経て中国に留学。2002年に兵庫県芦屋市にてティールームを備える紅茶店ウーフを創業し、おいしい紅茶と居心地の良いお店として人気に。2018年に南青山に支店を開設する。店名は絵本『くまの子ウーフ』に由来。
https://www.instagram.com/uffu_tea/
●ウーフ芦屋
兵庫県芦屋市朝日ヶ丘町28-25
TEL:0797-38-4788
●ウーフ東京
東京都港区南青山6-3-14 サントロペ南青山302
TEL:03-6450-6998
両店とも現在は茶葉の販売のみ行っています。芦屋店のティールームの再開など最新情報はサイト、Instagramをご確認ください。
写真・大段まちこ 構成、文・太田祐子(タブレ)