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わたしのパートナー

わたしのパートナー

my partner

家事をするとき、仕事にとりかかるとき。

これがなくては始まらない、というものがあります。

ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。

連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。

 

 

布作家

石川ゆみさんのパートナー・前編

「ミシン」

 

 

 

平屋が並ぶ静かな住宅街。布作家の石川ゆみさんが、都心からほんの少しはなれた一軒家に越してきたのは昨年の夏のことだった。縁があって住むことになった二階家はどっしりとした構えで、収納もたっぷり。

「前の家はマンションの二階だったから外の様子がわかりにくかったけど、ここは空が広く感じます」

 

 

 

気持ちよく風が通るリビングで、石川さんはやわらかな光に包まれている。

仕事場をどこにしようか。もちろん別にすることもできたけれど、いちばん長い時間を過ごす場所だからいちばん気持ちのいいところにと、リビング奥に大きな作業台とミシンを置くことにした。

ミシンは3つ。直線専用の職業用ミシンと工業用ミシン、縫い代などを始末するロックミシン。そのうちいちばん古い、台付きの工業用ミシンが石川さんのパートナーだ。

「もう20年近く前ですかね。中古で買ったんです。電動モーターで動くんですけど」

石川さんがスイッチを入れると、ウイーンと力強い音がして、ダダダッと針が進みだす。

「パワフルだから、帆布や厚手の布を縫うときによく使います。あと、ハンカチなどに太いステッチをかけたいときに。針目が、なんかちりちりになるんですよ。それがちょっと自分の作風のひとつみたいになっているので」

 

 

 

薄手の生地に太い糸のステッチ。糸と布の織りなす表情。石川さんの作品にある不思議な佇まいは、このミシンによって生み出されている。

「布作品の周りを縫うと、ちょっと縮まってちりちりみたいな。仕事に欠かせないのと、もうひとつ。このミシンはですね。わたしの命を救ってくれたんです」

ミシンが命を? 

「いつだったかなあ。確か3年くらい前の台風のとき。夜中にミシンを置いてある部屋で本のレシピ書きをしてたんです。すごい暴風雨で、いきなりガシャンって大きな木片(それも鉄板付き)が2本、部屋の中に窓を突き破って入ってきた。このミシンは窓のそばに置いていたから、木の1本はミシンの鉄の支柱に当たって止まり、もう1本は部屋の中に流れて。ミシンがその方向を変えてくれたんだと思います。ミシンの前に座ってたら、私、死んでたかもしれない。このミシンのおかげでケガもなかったんです」

台風の中での出来事は一瞬のことで、最初は何が起こったのかわからなかったけれど、後日、向かいの家の屋根の一部が外れて飛んできたと知った。

「でもこのミシンは丈夫で、支柱が曲がったくらいで済んだからよかった。まだまだ働いてくれそうです」

 

 

子どもの頃から絵を描いたり、なにかものを作ることが好きだった。

「勉強はきらいだったんですけど、手を動かすことは好きで。編み物をしていた母の影響もあるのかな」

中学生だったあるとき、くるりとターンするとふわっと広がるスカートに心ときめいた。

「サーキュラースカート。でも、その頃の青森にはそんなの売ってなくて。でも、手芸屋さんに型紙があったんですよ。これは作れる!と思って。生地も今みたいにかわいいものは少なかったけど、それでも気に入った花柄を見つけてうれしくて。15歳のときだったかなあ」

お気に入りは自分で作ることができる。なんとかなる。そんなふうに思った最初のタイミングだったのかもしれない。

 

 

 

石川さんが手掛けるのは、これまでバッグやポーチ、布小物が多かったけれど、最近では洋服を手掛けることも増えてきた。てっきり服飾専門の学校で学んで、と思っていたら、そうではないと石川さんは言う。

「違うんです。独学なんですよ。好きで始めただけなんです」

学生時代、ずっと絵を描きたくて、絵の学校に入りたいと思っていた。けれど、先立つものもないし、ちょっと気後れもした。だから、まずは東京に住んでいる友達のところへ居候し、バイトしてお金を貯めてから。そんなふうに計画していたが、洋服が好きだったこともあり、そうこうするうちにアパレルに就職することに。

「お金貯まるかなと思って就職したんですけど、仕事は仕事で楽しくて」

洋服の構造や縫製技術、テキスタイルの扱い方など、洋服と触れるなかで学ぶことも多く、仕事に熱中していった。その後、「私の部屋」などを運営するキャトル・セゾンに転職。変わらずもの作りが好きだった石川さんは、バッグや小物を色々作ってはプレゼントしていたりしたという。

「そしたら退職したあとに、キャトル・セゾンの友人から作品展をやらない?って。素人だけどいいの? でも、すごくおもしろいからやろうよって言ってもらえて」

作品展は好評を博し、何回か続けて開催された。いろんな人の眼にふれ、雑誌から声がかかるようになったのもこの時期だった。小物の作り方が掲載されたり、石川さん自身への取材が増えたりと、布作家としてのスタートを切ることになった。友人の福地京子さんと一緒に恵比寿で「イコッカ」という店を始めたのもこの頃のことだ。

 

 

 

 

「福地さんはアパレル時代からの友人で、好きなものが似てたから、いつか一緒にお店をやりたいねと話してたんです。そしたらすぐあそこの場所(恵比寿)が見つかって。私はまだ子供が2歳だったので迷ったんですが、とてもいい場所だったから、改装などこちらの希望を話してオッケーだったら決めようかと。そしたら、全部了解をいただいて」

イコッカは、器や小物、そして石川さんの布作品を扱う店として始まった。福地さんと石川さんの眼ききで選ばれた作品のラインナップや作家の個展に多くの人が集まり、人気店になるのに時間はかからなかった。

「店では、自分が作ったものを毎週金曜日に展示するというスケジュールでやっていました。バッグがメインで新作ばかり。最初は10個ぐらい作ろうと思っていたんですが」

子育てと平行して、このハードルをクリアするのは実際たいへんなことだった。

「もうバッタバタ。ものづくりはお店でやるようにしていましたが、ほんとうに1日1日があっというまでしたね」

子どもが小さなうちは保育園に遅くまでお願いすることができたけれど、5年経ち、小学校へ上がる頃にはそうもいかなくなった。親が関わる行事も多く、店と子育て両方をきちんとこなす自信もなかった。

「もうお店をあきらめるしかなくて。それで作る方に専念しようと。そう決めたときは本当につらかったですね。お店は自分の居場所だと思ってたし。でも、実際は大事なときに子どもが熱をだして店をお休みしなきゃいけないことも多くて、心苦しいときもあった。そういう意味ではお店をやめるのはつらいけれど、気が楽になったところもあるかもしれないですね」

 

 

 

実はこの取材のため、「パートナー」の候補として石川さんがいくつか挙げてくれたなかに、裁ちばさみがあった。そのはさみは、以前、福地さんがプレゼントしてくれたもの。京都の有次の裁ちばさみで、「由美」と名前が刻まれている。

「私、実はまったく道具にこだわりがなくて、布もふつうのはさみでジョキジョキ切ってたんです。でもこのはさみを使ってみてびっくり。音が違うの。サクサクサクッて気持ちよく切れる。専門の道具はやっぱり違うんだなあって、もう感動しました。」

途中ではなれてしまったけれど、福地さんが営むイコッカは、来年で創業20周年。このはさみを使うたび、石川さんにとって変わらぬホームタウン、大切な居場所であり続けてくれていることに感謝しているという。

 

 

 

お店を辞めた頃の話で、場が少ししんみりしていたとき、そろりそろりと足を忍ばせ、壁伝いにリビングの奥へ向かうシルエットひとつ。不思議な色合いのふさふさの毛をもつ猫が、こちらの様子を伺いながら、おっかなびっくり歩いていた。

「まーちゃん!」

石川さんがそう呼びかけると一瞬こちらを向いたけれど、あっというまにミシンの置いてある机の下へぬるりと液体のように体を滑らせて隠れてしまった。

「ふふふ。まーちゃん、足だけ見えてる。もうばっちり隠れてるつもり。本名はマーブルっていうんです。もう12歳になるのかな。友人から預かってたんですけど、最近、正式にうちの家族になりました」

まーちゃんと石川さん、そして、成人し、今は服飾を学んでいるという娘さんがこのアトリエの住人。大きなリビングに設えられたミシンと作業台を取り合い(譲り合い?)ながら、こっちで布を広げ、あっちで無心にミシンをかける。そんな日もあるのだという。

娘さんも、石川さんの背中を見て育ったから、自然とものづくりの道を選んだのでしょうか、そう問いかけると、

「うーん、どうなんだろ。そうだとうれしいけど」

やわらかい笑顔でそう言った。

 

 

 

●わたしのパートナーvol.10 前編

布小物作家

石川ゆみさん

「ミシン」

石川ゆみ●いしかわ・ゆみ 友人と始めたお店「イコッカ」を経て、2008年に独立。独特なステッチや布の組み合わせ、キュートなディテールの布小物に多くの支持を集める。新刊『しましまとみずたまでつくる小物』(扶桑社)では、いろんな表情を見せるバッグ、ポーチ、キッチン小物などのレシピを紹介。

写真・大段まちこ 構成、文・太田祐子(タブレ)

 

 

 

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