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わたしのパートナー

わたしのパートナー

my partner

家事をするとき、仕事にとりかかるとき。

これがなくては始まらない、というものがあります。

ふだん、とくべつに意識していなくても、 “ない”と気持ちが落ち着かない大切なもの。

連載「わたしのパートナー」では、いろんな仕事に携わる方々の、なくてはならない相棒を通して、仕事や暮らしへの思いを伺っていきます。

 

 

菓子研究家

福田里香さんのパートナー・前編

「人」

 

 

 

福田里香さんが携わる仕事には、いつもなにかしら新しいひらめきや美意識が織りこまれている。

果ものや野菜、ハーブの風味を水に移して楽しむアイデアを提案した著書『フレーバーウォーター』に、意外な素材を取り合わせ、配置も彩りも美しい一皿を紹介する『新しいサラダ』。また、料理家や菓子研究家にとってある種正統な、レシピを掲載する料理本の流れをかろやかに飛び越えた著書も多い。

民藝を切り口に今も愛されるお菓子を紹介する『民芸お菓子』に、漫画や映画などに登場するフード(食べもの)がその物語に果たす役割を考察する『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』。

このフード理論は、考えもしなかった物語の新しい楽しみ方を提示し、物語そのものの味わいをいっそう豊かにしてくれるものだった。

その肩書きである「菓子研究家」とひと口で捉えきれないのが、福田さんという表現者なのだろう。

そしてこのコーナーも自然と、これまでの連載とは異なる展開となった。

パートナーは、人。

「仕事はどんな形であれ、人とのかかわり合いのなかから生まれ、完成されていくもの。個人の名前で出ていても、必ず、そのきっかけをくれた人や、仕事そのものを支えてくれるチームがあるから」

たとえば、今、福田さんが携わっているのは、富山にある洋菓子店ZAXFOXがこの9月から発売するクッキー缶、Cheesy Poche(チージィーポッシュ)。

クリエイティブユニットKIGIの植原亮輔さんと渡邉良重さんがパッケージデザインを手掛けることになり、その声がけで福田さんも製作チームに加わった。

最初は既存商品のリテイクから始まった仕事だったが、いちから新しい商品を作ることになり、沢山の試行錯誤を重ねたという。

「やっぱりまずお話を聞くことが大切。いつもそこから光が見えてきます。ZAXFOXはお菓子作りに誠実な会社で、チーズケーキが一番の人気商品。だったらその強みをいかしたい。チーズ菓子のおいしさを突き詰める方向になりました」

 

 

温かみのある黄色に白い花が並んだ、深いブルーとのコントラストが美しいクッキー缶。よくみると、花のひとつがねずみだったり、サイドに猫が隠れていたり。

蓋を開けると目に飛び込んでくるのは、きれいに整列したクッキーとその隙間をぴっちり埋め尽くすメレンゲで、自然と取材陣から歓声があがる。

その様子をうんうんと頷きながら見て、福田さんが話す。

「やっぱりクッキー缶の魅力はアイドルと同じなんですよ。缶はステージで、栞や包装紙は舞台衣装、チージィーポッシュはいわばグループ名ですよね。1種類だけが詰まってたらそれはソロアイドル缶、2種類だとデュオだし。チージィーポッシュの場合は、基本的にはクッキーがソロで、レモンメレンゲはバックダンサーなんです。このバックダンサーの子たちがいることで、主役がより輝くというコンセプト」

実際、お菓子づくりのプレゼンテーションで福田さんはそう力説したのだそうだ。

「みなさん、盛大に??と疑問符が浮かんだと思うんですけど(笑)、言いたいことは伝わったと思います。KIGIさんが作り上げるステージにどういうアイドルをプロデュースすればいちばん映えるか、開けた途端みんながおおっと喜んでくれるか。そこが今回の物づくりのいちばん重要なポイントだったかな」

 

 

 

 

クッキーをかじってみるとサクッとした歯ざわり。ほのかに鼻にぬけるチーズの香りを楽しんでいるうちに一枚が口の中から消えていく。軽やかなのに喉にはしっかりとおいしさが残る。

「使っているのは、ペコリーノ・ロマーノD.O.P.という、伝統や地域に根ざした特有の食品が対象となるヨーロッパの品質認証マーク付きのチーズ。パルミジャーノ・レッジャーノなど一般になじみのあるチーズでも試作してみたんですが、色んな人に食べてもらって一番評判がよかったのがペコリーノ・ロマーノだった。絞り出しクッキー(poche)にしたから、表面にも溝があって空気を含んでサクサク感が増してます」

そしておもしろいのは、同じ絞り出しでも3段重ねと2段重ねがあり、それぞれ歯ざわりも風味も違うこと。

「チーズは、生でもおいしいけど、カリカリに焼いてもおいしい。ピザのチーズの端っことか、メイラード反応特有のおいしさがありますよね。チージィーポッシュには、生のペコリーノの風味を大事にした優しい焼き加減の3段重ねと焦げたチーズの旨味が感じられるようじっくり焼いた2段重ねを入れて、同じチーズでも焼き方によって引き出される違う味わいを楽しんでもらいたいなと」

そうやって主役のクッキーが決まり、その間に小さなメレンゲが配置された。

「レモンの風味にしたのは、チーズのじゃまをせず、箸休めというか、口を変えるのにぴったりだから。チーズの焼き方の繊細な違いもわかってもらえるんじゃないかな」

かくしてバックダンサーも勢揃い。

「クッキー缶は、いい意味で思いがけない仕上がりでした。ねずみと猫がいるなんて。箱のサイズやデザインはKIGIさんのディレクションですし、それに合わせて中身の味や出来上がりの色合いのイメージなどは伝えてましたが、こうして缶を手にしてみるとすごく新鮮で”推せ”ます。クッキー缶の魅力が詰まったものになったかなと思います」

 

 

 

7年前、ランドスケーププロダクツの中原慎一郎さんから、九州の柑橘でなにか商品を考えてほしいという依頼があってスタートしたのがアイスキャンデーブランド、mikaned(ミカンド)だ。

「ランドスケープはもともとインテリア、家具を専門とする会社ですから、ジュースやジャム……なにがいいだろうといろいろ考えて、最終的にアイスかなと。中原さんの故郷の鹿児島にいいメーカーを見つけました。冷凍品だから管理するのにそれほど難しいこともないし、柑橘もいろんな形で活かせますし」

ランドスケーププロダクツが旅先で出会った人々の作るおいしい食料品を紹介するグッドネイバーズファインフーズの清水彩さんとタッグを組んで、各地の素材を吟味し、小ロット多品種の氷菓をていねいに作れるシステムを構築した。

名前の由来は、かつて柑橘(mikan)だった(過去形=ed)ものたち。

シーズンごとに10種類程度のフレーバーを発表し、今年はCHECK&STRIPEの芦屋店と自由が丘店でも取り扱いが始まった。

新作のシトラスベリー&カモミールティー(写真)は、去年からチームに加わった柳田いちごさんの提案で、ラズベリーの氷のなかに季節の柑橘がごろごろ、ミントが香る1本。シャリッとかじると、ふわっとバラのような香りが口のなかに広がっていく。

 

 

 

それは、表示されている素材のイメージを一歩押し広げるような味わいで、どうしたらこんな組み合わせを思いつくのか尋ねると、福田さんの答えは意外なものだった。

「たとえばコンビニで買うアイスはがつんとしたおいしさがあるけれど、ミカンドのアイスはそれと同じじゃだめというか。まず価格も高いし、置いてある店もインテリアショップだったりするわけです。お客さんは10万円の椅子を買いにきているかもしれないし、そこはちょっと非日常的な空間かもしれない。その日、目的の椅子は買わないかもしれないけど、そこにちょっとおいしそうで見た目も楽しいアイスがあったら買ってみようかなと思うかもしれない。いつもとは違う経験ですよね。だから、究極を言えば、甘くない!とかほろ苦い!とか、ちょっと変わった味でもいいし、いやむしろそのほうがいいのかもしれないとも思います」

商品そのものはもちろん、その先にあるシチュエーション、そしてその商品がお客さんになにを伝えられるか、すべてを俯瞰したうえでのクリエイションがミカンドの味として表現されているのだった。

 

わたしのパートナーvol.8 前編

福田里香さんのパートナー

「人」

 

福田里香●ふくだ・りか 菓子研究家。著書に『民芸お菓子』『いちじく好きのためのレシピ』『新しいサラダ』など。漫画関連の著書に『R先生のおやつ』『まんがキッチン』など。雑誌『装苑』のフードコラムは22年目、『DISCOVER JAPAN』の「民芸お菓子巡礼」は12年目と長期連載。お菓子、食を切り口とした鋭い考察に刮目。

●Cheesy Poche(チージィーポッシュ)

https://cheesysweets.jp

CHECK&STRIPEの「冬の贈り物」で販売しています。

●mikaned(ミカンド)

https://finefoods.stores.jp/ 

fabric&things(芦屋)自由が丘店でも取り扱いが始まりました。

 

写真・大段まちこ 構成、文・太田祐子(タブレ)

 

 

 

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