「このお店の近くに暮らしていて、本当によかった!」
大好きなお店がご近所にあるというしあわせに、ちょっと大げさ?かもしれないけれど、
こころが震えるほど、嬉しくなってしまうことはありませんか?
ひとりでも行きたい。
大切な人とも行きたい。
CHECK&STRIPEの本拠地・神戸にも、そんな大切なお店がたくさん。
編集部自慢のFavorite Shopについて、ご紹介します。
8 トアロードデリカテッセン
ブルーの看板に、白のクラシカルなロゴマーク。一瞬、海外にいるような気持ちになる空気のこのお店は、「トアロードデリカテッセン」。神戸の三宮駅と元町駅の間、トアロード沿いにあります。「トアロード」とは、1868年の神戸開港の際に整備された道路で、旧居留地と山手を南北に結んでいる通りのこと。
神戸の「ハイカラ文化」の象徴でもある道の名前をもつこのお店。創業は約70年前の1949年。店内(1階がデリカテッセンになっています)に一歩入ると、たくさんの種類のハムやウィンナー、燻製などの食品の数々がショーケースに並びます。全部美味しそうで、目移りしてしまうほど。
さて、このシリーズではすっかりおなじみとなりましたが、今回もCHECK&STRIPE代表のlabmiさん(在田佳代子さん)に、トアロードデリカテッセンとの出会いをお尋ねしました。
「学生時代、このお店の前を通る度、“素敵だなぁ”と思いながら、中を覗いていました。素敵なデザインのパッケージに包まれたハム、色とりどりの野菜が入ったソーセージ。それはまるで、外国のお店のようでした。“大人になったら、クリスマスの日はここで、ローストビーフやハムをふんだんに買って、テーブルに並べたい…”とか、“いつかここの包装紙で、大切な人へのプレゼントを選びたい…”などなど、夢は広がるばかりでした」(labmiさん)
時は経ち、大人になったlabmiさんの夢はちゃんと叶っていました。「友人たちへのプレゼントに、よく使わせていただいています。私は大丸神戸店で買うことが多いのですが、おいしさもさることながら、このかっこいいロゴが神戸ならではのプレゼントだと思っています」とのこと。
この歴史あるお店のはじまりは、外国船の船乗りだったという先代が、ノルウェーでいつも食べていたスモークサーモンがきっかけでした。その美味しさ、味が忘れられなくて、帰国後に港町・神戸で、夫婦ふたりでデリカテッセンを開業します。それはまだ、日本には“デリカテッセン”*という言葉も、冷蔵庫も普及していない時代のことでした。
ところが、開業直後にご主人が急逝。残された妻の高橋コトさんは、夫から伝授された味と製法で、たったひとり店を切り盛りすることになるのですが、今も残る名店となったのは、近所の居留地に暮らす外国人のお客さまの応援だったのだそう。
「味はこうだよ」「作り方はこうだよ」…本場の製造法を学び、試行錯誤の末に現在の味が生まれて、やがて日本人のお客さまからも支持が集まるようになりました。
*デリカテッセン…ドイツ語でサンドイッチやお惣菜を売るお店のこと。
写真(右)が、創業時から続く人気商品のスモークサーモン(スライス大/1400円 税込)。写真(左)のピクルスは490円(税込)。
「当店の誕生のきっかけとなったスモークサーモンは、アラスカ・カッパーリバーにて、産卵前に捕獲するという紅鮭を使用しています」とは、現在の店長を務める古家純子さん。「冷燻法」といって、長時間、低温で燻煙をかけていく昔ながらの方法なのだとか。「保存料を使用しないこの製法によって、独特のトロリとした食感が生まれています」(古家さん)
そしてlabmiさんも、このスモークサーモンのファン。「スモークサーモンはじめ、かたまりのベーコンをよく買うので、お料理に使います。友人が家に訪ねて来るときはサンドイッチ用のパンをトーストして、バターを塗り、スモークサーモンを乗せるだけ。その上にハーブを少し。このメニューが友人たちにも大好評です」
トアロードデリカテッセンは、チーズやチキンなど、ソーセージパティの種類も充実!写真(下)は、おみやげにもぴったりのフレンチパティ(907円/税込)。ボロニアソーセージにハム・グリンピース・ピクルスなどを混ぜて作られている、オードブルソーセージです。
古家さんいわく、「ドイツに研修旅行に行った時は感動しました」とのこと。その理由は、「日本では肉は肉、魚は魚など、それぞれのお店がそれぞれ扱うのが一般的ですよね。でもドイツでは、うちと同じように肉と魚の加工品を一緒に扱っているお店が多かったんです。先代は先見の明があったのだなぁと思いました」
2階のカフェでいただけるサンドイッチは、持ち帰りもできます。サーモンサンド(写真上 1200円/税込)と、ソーセージサンド(写真下・左 800円/税込)、チーズサンド(写真下・右 800円/税込)。
名物メニューのひとつサンドイッチは、小説家の村上春樹さんもファンで、小説『ダンス・ダンス・ダンス』に登場しているのも有名なお話です。
「サンドイッチは創業当時から、1階奥にあったスタンドで試食としてご提供していました。日本人にはあまりなじみのなかったスモークサーモンやハムなどの食べ方を知ってほしくて、採算は度外視して、試食に出していたと聞いています」(古家さん)
店主コトさんの情熱から人気が出て、やがて2階にはサンドイッチルーム(現在のカフェ)をオープンすることに。ヒッコリーハムやスモークサーモン、ローストビーフなど、今やその種類もたくさん。「余計なことはせずに、シンプルな作り方で素材の味を引き出しています(古家さん)
サンドイッチに使われている食パンは、ご近所にある、同じく創業70周年という老舗「イスズベーカリー」のものが使われているそう。
最後に、labmiさんからはこんなエピソードを教えてもらいました。
「ある時、閉店間際にお店に入ったときのことです。お店の人が、ハムをカットする専用のスライサーをピカピカに、無心に磨き上げておられました。その光景から、食品を扱われる店として長い間、ずっとこんなふうに清潔に保ってこられた“老舗の力”を見た思いがして、本当に感動しました」
店長の古家さんは、お店に勤めるようになって、今年で21年め。labmiさんが見たワンシーンに象徴されているように、「先代から続く、お店の誠実な姿勢が好きです」とのこと。「長くお勤めなのですね」というと、「でも、創業72年となると、お客さまのほうが先輩ですね。“昔、父や母、祖父母に連れてきてもらったのよ”と、思い出とともにご来店いただき、中には涙される方もおられます」という答えが。
「コロナ禍でお店を休業していた期間もあったのですが、再開してから、“待ってたよ~”とか、“スタッフの人はみんな、大丈夫だった?”など、お客さまの温かいお声をたくさんいただきました。歴史を抱えている店だからこそ、これからもこの街で、愛される店であり続けたい。最近また、強くそう思うようになりました」(古家さん)
海の向こうから、港を通じてやってきた美味しいものの数々は、時代を越えてなお、愛され続けています。理由は、「お客さまに喜んでいただきたい」というお店側の誠実さと、まるで身内のように、地元のお店を守り続けているお客さん側との関係にあるのでしょう。
「きっと、相思相愛なんだな」と思った時、こころがぽっと、温かくなりました。
トアロードデリカテッセン
神戸市中央区北長狭通2-6-5
078-331-6535
営業時間
1階 10:30~18:30
2階 11:00~15:00
定休日
水曜
写真 大段まちこ 取材・文 井尾淳子